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12月, 2015 | nakagawa takeji

2015年12月 一覧

『新技芸』展、後編。

3日目に予定されていたシンポジウムが2日目に変更されて、
開会式の後「上海工芸美術職業学院」にバスで移動しました。
急な変更は中国ではよくあることだそうです。

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「上海工芸美術職業学院」は3年制の学校で、
日本の専門学校と大学の中間くらいの存在らしいです。

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この学校の今回の展覧会に掛ける意気込みがすごく、
構内にポスターなどが張り巡らされていました。

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学長や教授陣が参加し、工芸の「伝統と現代の関係」について話し合われました。

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中国語、英語、韓国語、日本語が飛び交うわけですが、どうやって聞いていたかというと、
同時通訳というものを初体験しました。

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学長たちの対談の後は、若い先生たちによる話し合いもありました。
芸大の三神先生も発言しておられましたが、
若い世代の置かれた状況や、自分の経験を織り交ぜながらも、
芸大の立場をはっきりとさせていて、立派なものだなぁと感心しました。

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「上海工芸美術職業学院」の構内見学もしました。
漆の工房周辺です。

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制作中の漆絵ですね。

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陶芸工房周辺。

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日本の学校教育では見かけない、石の工芸です。

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校舎の中庭は造園を勉強するところのようです。

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小さな木彫を作る工房。
日本では木工ということなのか、木彫ということなのかわかりません。

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工芸図案を勉強する工房。
図案だけを特化して勉強するというのは、日本でも明治から大正にかけてありましたが、
今はないか、デザインとして勉強しているかでしょうか。

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最先端?のNCルーターもありました。

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かなり小さな刃で繊細に彫っていました。

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大まかに機械で彫った後、手彫りで仕上げるようです。
荒どりが自動でできてしまうというのは楽でしょうね。

シンポジウムが2日目に変更されたため、3日目が突如フリーになり、丸一日観光をしました。

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観光名所のようですが、何処なのかよく分かっていません。

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食べ歩きができ、昼食がなんとなくすんでしまいました。

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そういえば、今回スムーズに観光できたのには、
日本から参加のアメリカ人のマギーさんの存在が大きかったです。
彼女は中国の清華大学にも留学経験があるため、
中国語ができる上、英語はもちろん、日本語もできます。
さらに中国に知り合いも多いので、
この日は中国美術学院の李先生を呼んでくれて、観光地やギャラリーを案内してもらいました。

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李先生が所属しているギャラリーです。
若い現代美術の作家の展覧会が開かれていました。

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ギャラリーのオーナーにお茶をご馳走になりました。
小さい湯飲みにどんどん注ぐのが中国式の歓迎だそうです。

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ここは上海の現大美術ギャラリーがたくさん集まっているところ。

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どこまでも奥に続いていくように感じで、
ぜんぜん回りきれていないんじゃないかと思うくらい、ギャラリーばっかりです。

ギャラリーの中は普通は写真ダメなんで、見せられないのが残念ですが、
中国の現代美術すごかったです。
数年前に中国の現代美術作品にアジアで最高額が付いたとか、
作品の質や人気においてもうなぎ登っているのは小耳の挟んではいましたが、
なんとなく体制批判的ニュアンスや、近代的自我の中国的な困難を、
この辺まではセーフ的に描いた作品かなと思っていました。
まぁ好みの問題ですが、
アートなんで分かりやすく体制からの「自由」を表現するというのはいいんだと思います。
不思議だなぁと思うのは、
中国ではアート以外で体制を批判すると、すぐに「自由」がなくなってしまう印象で、
新聞記事で「人権派の弁護士が逮捕」とか見ると、
それは普通の弁護士ではと思ってしまうわけです。
そういえば、アイウェイウェイの作品を東京の森美術館で見たときには、
大変感銘を受けたことがありましたっけ。
アートとはいえ彼のようにセーフティのラインを徐々に下げてやろうという
「ほんもの」の作家は、いつの間にか「自由」を奪われたりします。

さて、何となく型にはめて中国のアートを見ていた僕でしたが、
まさに今の作家、旬はどうかというと、もう少し足元を見ているのかもしれません。
水墨画的な雰囲気の水彩で現代的なモチーフを描く作家や、
オーソドックスな版画作品のようで今の雰囲気をつかみ取る作家、
わかりやすい中国的なモチーフなしに中国を感じさせるローカル性も、
大変好みのものがありました。
おそらく次の世代はようやく体制批判的モチーフなどからも
「自由」になっていくのかもしれません。
刺激は弱くとも上質のアートが生まれてきて、
さらに今のようなアートマーケットが継続するようなことになれば、
中国のアートはいよいよ「本物」の正体を現すかもしれませんね。

1日目に空港から上海の街に向かう途中、建設中の高層マンションが立ち並ぶ様子が見えてきて、
「ここが上海の中心かぁ」なんて寝ぼけていたら、どこまでいってもその景色が続き、
団地のような高層マンションの群れが、延々と続いていくさまに、
大気汚染のモヤモヤも相まって蜃気楼かなぁなんて思いました。
でも、数日間を上海で過ごしその勢いを目の当たりにし、中国の人と触れ合うことで、
もしかして日本のメディアで聞く「中国経済崩壊間近」的な報道って、
日本の願望が強いんじゃないかなと思いました。
そういった危うさがあるのは事実だと思いますし、
マンションが人が住むためだけじゃない理由で、建設が止まらないというのもあるとは思います。
かといって、今回の展示を開こうと動いた中国の先生たちのように、
志を持って自国の文化を高めていこうという人たちは、
すごく現実を見ていて地道に活動されていると思いました。
まぁ、工芸なんで地道にしか、なかなかやりようないんですけど。
どうあれ強い経済力のままに、質の高い文化を持って行くとすると、
芸術分野は花開くでしょうね。

観光している途中に立ち寄った、インテリアショップの家具のデザインがとても優れていました。
日本のように西洋化とともに家具を学んでいったのと違い、
中国はもともと椅子、テーブル文化ですから、当然と言えば当然ですが、
中国らしい造形を持ちながら今の暮らしに会う、
シンプルさとしなやかさを持ったデザインが印象的でした。

中国のすごいところは、つまりこのことだなと。
世界で最も経済的に生産できる工場を持ち、
世界で最も多くの購買力を持った国民が暮らし、
世界の質の高い文化を追い越そうとしている。

これは強いよねと、日本は国土の限界、人口の限界がおのづと、
バブル崩壊から冬の時代に突入しましたが、中国は限界の桁が違うのかも。
環境のことなんかも国土の広さがあるせいで、
まぁどうにかなるか、になってしまうのかもしれません。

4日目の上海空港に送ってもらっている車の窓から、
来た時と同じ高層マンションの群れを見ると、
こんな非現実的な光景が、この国では実体を持ってしまうのかもなぁと、思っていました。

サブーリさんやマギーさん、三神先生と別れ、
長野行きの新幹線に乗ると流れてくるアナウンスが日本語でホッとしました。
新幹線の窓を眺めながら、一緒に行ったメンバーと最初の昼食を取っていた時、
国によって食事のルールや常識って、
いろいろあるよねという話になったことを思い出していました。
「ズズッと音を立てて、すするのは、食事の席でオナラするより恥ずかしい」とか、
宗教上の理由で食べられないものがあるけど?とか。
食事以外でも、僕たちが「よくやった」と親指を立てる、
いわゆる「グーッ!」のジェスチャーは、
イランでは中指を立てるいわゆる「ファックッ、ユー!」の意味なのだそうです。
アメリカ人とイラン人のいるテーブルで、同じサインが真逆の意味だと教わりました。

「常識とは、18才までに得た偏見のコレクションである。」

というアインシュタインの言った言葉があります。
全てのことは、たまたま生まれついた国で、
たまたま誰かが考えて、たまたま常識になっていることなんでしょう。
ただそれが大事でもあるから、
僕たちは「常識」や「伝統」なんていうルールを持ってきて守ろうとします。
でもそれは「偏見」でしかないと思ってみると、急に「自由」になれる。
「伝統」の大事さを理解しながらも、そこから「自由」であろうとする。
グローバルな土俵で、
国も文化も歴史も、「偏見」の積み重ねを超えて、新しい表現が見たいなぁと思いました。
改めて「新技芸」という言葉が好きだ!と思います。
新しい表現はきっと,
僕らが展覧会を通して関わり合って行く中から生まれてくるのだと思うのです。

まぁ、なんと楽しい4日間だったでしょう、
知らないことを知る、疑問に思っていたことが分かる、新しい感性に触れる、
工芸やっててほんとよかったです。
では、これが今年最後のブログになりそうですので、みなさんよいお年を!

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『新技芸』展、前編。

11日から14日の日程で、
上海で開催される「新技芸」展に参加するために中国に行ってきました。
「新技芸」展は中国の大学を中心に、
日本、韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、イスラエルの大学などなどの、
若い教員や若手作家の工芸作品を、集めた展覧会です。

日本からは、東京芸術大学、金沢美術工芸大学、多摩美術大学、武蔵野美術大学が参加し、
武蔵美からは、吉野郁夫さんと僕が作品を出品しました。
さらに各大学から1名が、開会式とシンポジウムに招待されるということで、
初めて中国へ行くことになりました。

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11日は、羽田空港に朝6時半集合で、8時半の出発でした。
時差1時間で、現地時刻10時半に到着、
日本からの参加メンバー4名と話していたら、あっという間に着きました。

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上海の空港に着くと、曇り?と思いましたが、
どうやら大気汚染のようで、モヤモヤとしていました。
日本に帰国後、やたら咳がでるなぁと思ったら、
疲れもあってか熱まで出てダウンしてしまいました。
大気汚染と関係ないかもしれませんが、気持ちもモヤモヤしますね。
さて、空港ロビーに迎えの方が来ていて、車で1時間ほどの上海の中心部に向かいます。

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ホテルに着くと、ロビーに新技芸参加者のブースが設けられていて、
中国側の熱の入れようが伝わってきました。
ちなみに今回の日本参加者の旅費や滞在費は、すべて中国側が持ってくれています。
日本からだけでも7名が参加していて、世界各地からも出品者を呼んでいることを考えると、
大変なことだな〜と、中国の経済力を感じてしまいます。

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11日午後はフリーということで、みんなで観光に出かけました。
どこもかしこもモヤモヤしていますが、ここは上海らしい場所のようです。

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一緒に行った日本からの参加者が、すでに国際色豊かで、
左から、イラン人のサブーリさん(東京芸大卒)、アメリカ人のマギーさん(東京芸大院生)、
そして僕で、写真を撮ってくれているのが東京芸大の三神慎一朗先生です。
多摩美術大学の先生は残念なことに授業があるそうで不参加。
金沢美術工芸大学からの参加の先生たちにはこの後お会いしました。

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上の写真の対岸は、古い建物で、川の両岸での対比を楽しむ場所のようです。
結構暖かじゃんと、薄着でホテルを出た僕と三神先生、川の風が寒くて後悔しました。

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2日目は、ホテルから徒歩で5分くらいの会場で開会式に参加しました。

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東京芸大の三田村教授、金沢美工大の前田学長、
イギリスや韓国、中国の各大学の学長などが挨拶をしました。

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この様子なんで、いかに大きなイベントであるかがうかがえます。

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会場入り口に参加大学が書かれていました。
すべての参加国が明記してあるわけではなさそうですが、いろいろな国がありますね。
ちなみにアメリカは日本では「米」ですが、中国では「美」と書くそうです。
二列目に武蔵美の名前がありますが、「術」という字は「木」「、」の略字で書くのですね。

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今回の展覧会の主催が「清華大学美術学院」で、承催が「上海工芸美術職業学院」です。
この会場は清華大学が今回の展示のために買った場所だとかで、
中国の大学のサイフは計り知れないです。

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どうでしょう?パっと見た会場の最初の印象は、
中国らしさとか国際色豊かといった雰囲気をあまり感じないなぁというのが正直な感想でした。
日本でいうと、日展や日本クラフト展のような雰囲気でしょうか?
これは後に色々な方から聞いてわかったことですが、
この雰囲気はおそらく「東京芸大的」と呼ぶのがよいかもしれません。

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芸大の三神先生の作品。

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清華大学で研究をしている日本人の三田村さんの作品。

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金沢美術工芸大学の高橋先生の作品。

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多摩美術大学の長谷川先生の作品。

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芸大の青木宏憧先生の作品。

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清華大学の潤福先生の作品。

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いつも通りの僕の作品です。

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基本自分が写真を撮っているので、
僕が写っているのは記念撮影になりますね、家族写真でもそうですが。
とても立派な加湿器(写真右)がいくつも置いてあり、作品のケアはとてもに良さそうです。

すごい作品が目白押しでしたが、
写真が綺麗に撮れていたものだけ一部の作品を並べさせてもらいました。
作者の名前もわかる方だけ書かさせてもらいました。
なんとなく雰囲気がわかってもらえるでしょうか?
いろいろな国の先生や作家が参加しているのですが、
聞いてみると東京芸大に留学経験のある方が多いようです。

なぜ、先ほど「東京芸大的」工芸の雰囲気があると言ったかというと、
ちょっと難しい話になりますが、
中国における「工芸」という言葉や概念は日本から輸入したものなのだそうです。

日本の「工芸」の概念が形成されたのもそれほど古いことではありません。
「工芸」の概念は日本の近代化=西洋化と工業化によって形づくられていきました。
明治以前には、美的な「もの」たちは混沌として特に呼び名がありませんでした。
明治時代に西洋化の中「美術」(1873年)という言葉が美的な「もの」たちに与えられました。
その後「美術」の純粋化により、観るだけの「もの」として「絵画」「彫刻」が「美術」になり、
余った「もの」が「工芸」となりました。
また、明治の一時期に輸出工芸として花開いた「工芸」でしたが、
日本の工業化(1890年頃)に伴い「製品」が「もの」の中心になってくると、
その座も輸出製品に明け渡していきます。

ですから「工芸」は、
表現性を高めようとすると「美術」に接近してしまい、
実用性を高めようとすると「製品」に接近してしまって、
立ち位置が常にグラグラとした存在のように感じます。

明治から大正のできたての「工芸」には、
表現に迫った「美術工芸」、柳宗悦が美の標準を求めた「民藝」、突き詰める「デザイン」、
技芸を評価する「伝統工芸」、後に北欧からやってくる「クラフト」などの概念を含む、
多様性を包み込む力がありました。

これらの細かな「工芸」の概念形成の過程で、特に「美術工芸」の分野は、
高村豊周らによる東京美術学校(現東京芸大)の作家の果たした役割は計り知れません。
世界に類例のない「美術工芸」という分野を作ったのは、
岡倉天心から始まる東京芸大の歴史であると言ってもいいのかもしれません。

さらに「美術工芸」の分野を「工芸美術」と語順を変えて導入していった学校の一つが
中国の清華大学美術学院だそうです。
中国における「工芸」という概念が日本から輸入される過程には、
東京芸大の先生や、芸大に留学生としてきた後に中国で先生になっていく方の関わりが深く、
「東京芸大的工芸」が中国の「工芸美術」という分野を形成していると考えられます。

明治の文明開化の折に、西洋近代美術を「文化」のお手本にした日本の「美術」から、
漏れ残った「工芸」というの概念が、ある価値を持って中国で受容されたのなら、
それはまことに結構なことだといえます。
ただし、中国の受け入れた「工芸美術」という概念は、
「美術工芸」という狭義の「工芸」であるかもしれないと感じました。
なんとなく僕が感じたこの展覧会の独特な雰囲気が、
中国の「工芸美術」全般のものなのか、この展覧会だけで分かるはずもありませんが、
率直な感想として覚書しておこうかと思います。

まぁ、全般の感想としては中国勢いとまんね〜!というのと、
芸大の影響力はんぱね〜!ということでした。
とにかく3泊4日の旅行中、ず〜と工芸や美術の話をしているという、
楽しすぎる旅になりました。

後編に続きます。

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