境内アート小布施。
'11.4.26
先週のことになりますが、
隣町の小布施町で『境内アート小布施×苗市』が開催されていたので、
ちょっと見て来ました。
玄照寺というお寺の境内で開催されるので、境内アートです。
140組もの作家やクリエーターが作品を並べています。
知っている作家さんも居たり、居ると思っていた作家さんが作品だけ置いて居なかったり。
作品を見るのも楽しいですが、
地元ということもあり知り合いに会うのも楽しいお祭りのようです。
骨董品も並んでいたりと、老若男女幅広い人が楽しめる内容でした。
花粉症の僕としては、花粉の季節じゃなかったらもっと楽しめるんですけどね。
さて、今日4月26日はチェルノブイリ原発事故から25年の日だとのこと。
もし日本の原発事故がなければ、正直もう25年かぁ程度に横目にしただろう新聞記事が、
まだ25年しか経っていないのかと感じたことで、
自分の時間のスケールが変化していることに気づきました。
一夜にして降り積もったものの重さと、25年経ても尚それを軽減することの困難さ。
私たちもこれから1年、1年、1年・・・と数え、
今年生まれた子でさえも「解決」までは数えることができないのかもしれません。
図書館に絵本を借りに行った妻が、
児童書の棚で目に留まったとかで借りて来て読んでいた本に、
興味深い一節があると教えてくれ、読みました。
本のタイトルは『ナターシャ』~チェルノブイリの歌姫~。
事故のあと、政府委員として現地にかけつけ
事故処理の指導にあたった、ヴァレリ・レガソフ博士。
ソ連の原子力計画の創始者のひとりであり
IAEAへ報告書を提出したときの団長だった博士が
事故からちょうど2年後の、1988年4月27日に
首を吊って自殺した。
(中略)
かれが友人に語った、むねを打つことばがある。
「わが国がほこりにしていた科学技術は
ガガーリンの宇宙飛行とともに、終わったのだ。
わが国の科学技術は、トルストイや、ドストエフスキー
そしてチェーホフたちの
偉大な文学の精神にやしなわれた人びとによって
つくりだされたものだった。
ガガーリンの宇宙飛行までは
高い道徳の感覚が、いたるところで見られた。
他人にたいする態度のなかに、人間にたいする態度のなかに
自分の義務に対する態度のなかに
そして、科学技術に対する態度のなかに
美しい文学の精神が見られた。
科学技術は、わたしたちのうちなる道徳を表現するための
ひとつの手段にすぎなかった。
それから長いあいだ、わたしたちは
道徳のはたす役割を、わたしたちの文化を
歴史を、無視してきたのではないか」
僕はこの前後しか読んでいないので、本についての感想は書けないのだけれど、
この一節だけでも知れてよかったなと思いました。
もっともっと美しいものを見て、聞いて、読んで、感じて、
感性を磨いていこうと思いました。