2006年 一覧

ヴィクトリア&アルバート美術館2

この美術館広いので、もう少し昨日の続きです。

これ、入ってすぐの案内カウンターの上にぶら下がっている、
シャンデリア?です。
古い建築の中に、現代的なガラスの表現、絶妙にマッチしています。
作者は分かりませんが、印象的な作品です。

おっと、こんな所にチェ・ゲバラ!
キューバ革命の英雄が美術館でなにを?と思ったら、
特別展をやっていました。
チェ・ゲバラに関するポスターやらTシャツが沢山展示されています。
見事にマルクス主義をPOPに消費してみせる、表現者達。
英文が読めないので真意は分かりませんが、ゲバラの顔をマクドナルドや
ペプシやマイクロソフトなどのメーカーロゴで表現した作品がありました。
皮肉ですね~、勝ったのは共産主義なのか資本主義なのか?
今朝の新聞ヒースロー空港でのテロ未遂、数日前に利用した空港なので、
ドキリとしました。
まだよく分からない事件ですが、革命のやり方はそろそろ変わっても良いと
思うのですが・・・ゲバラならどうするのでしょう?

これ美術館右側の側面に残された銃弾の痕です。
具体的には分かりませんが、歴史的な闘争の痕だそうです。
(調べたけど分かりませんでした、第二次世界大戦なのかな?)
建物に施された彫刻や装飾と同じくらい大切な記憶なんでしょうね。

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ヴィクトリア&アルバート美術館


1852年ーヴィクトリア朝の産業・技術の発展を背景に、
イギリスの工芸品やインダストリアルデザインの質を高め、
工業の振興を図るための博物館として構想された(Wikipediaより)そうです。
見たかったウィリアム・モリスの部屋と呼ばれる展示がある美術館で、
世界中の民族衣装や工芸品からプロダクトまで幅広く展示してあります。
美術好きだと、とても1日では見られません。
入場料無料(イギリスの美術館/博物館はほとんど無料)と言うこともあるのか、
かなりにぎわっていました。

入り口にこんなポスターが、『フリー アート ファン』なんだろ?と思いながら、
アジアの展示室に入り中国をのぞくと、

こどもとパパとママが沢山!なにやら楽しげなことをしています。
しかも展示品に柵など作らずに、突然のワークショップ、
ぶつかっちゃうんじゃないの!てか展示台にのっちゃってるし、オーイ!・・・
僕だけアセってるみたいです。
子供達は真剣に冠のようなものを作っていました。
面白いのは、どの子の作品も中国テイストなことです。
ワークショップの意図でもあるのでしょうが、他の文化を見るだけでなく、
見たものを表現にする、ことが出来ているのが楽しいですね。

「もっと紙ちょうだい!」「何作ろうかな?」お母さんもお父さんも真剣です。
想像は観察からはじまる、観察すると創造したくなる、大切ですね。
日本に帰ったら、ぼくも負けずに創造します!
思わぬ所でこどもたちに会えて、うれしいなぁと思っていると、
他の所からもこどもの歓声が聞こえます。
中庭に池と噴水があって、その日イギリスでは記録的な暑さということもあってか、
こども達が裸ではしゃいでいました。
こどもで溢れた美術館、日本ではあまり見ない光景です。

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長野に帰りました。

わかりにくいですが、旅行から一旦埼玉の実家に帰り、
昨日と言うか今朝中野に帰ってきました。
今日はたまっていた、連絡などの仕事に追われて、
母に頼まれていた、お墓の草刈りをして、
汗を流しに温泉へ、ザブーン、いやー中野さいこう!
温泉からいつもの夜景を眺めると、やっぱここはいい所だとあらためて思います。
さて、旅行で見てきたものを色々と書きたいのですが、
昨日長野に帰る前に、東京で「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というイベントに
参加してきました、面白かったので少し書きます。(参加予定の人は読まないでね)

このイベント簡単に説明すると、まっ暗闇の空間に
1人の視覚障害者の方<アテンド>に導かれて
数人の参加者と入って行きます。
なにも見えない暗闇の中で、最初は戸惑い不安になりますが、
徐々にみんなが声をかけ合って「ここ段差があります」
「もう少し右側の後ろにありますよ」初対面の参加者が
いつの間にか助け合って進んでいきます。
道をおおきく外れたり、遅れたりするとすかさず<アテンド>が
こっちですよ、と手を引いてくれます。
ほんとうになにも見えない世界で、まさに彼だけが『見えている』わけです。
彼は途中ソースせんべいを作ってくれたり、飲み物をついでくれたり、
やはり『見えている』んですね、おどろきです。
進むに連れてもっとおどろくことは、徐々に参加者みんなが上手に
『見れる』ようになっていることです。
実際には何も見えませんが、自分自身の足の裏や耳、鼻からの情報と、
他の参加者(ぼくの回は7人)それぞれの情報を声で共有することで、
視覚に頼らずに『見る』ことができるようになっているです。
目が見える人の場合、全ての感覚を通して得る外界からの
情報量の80%以上を視覚から得ているそうです。
それに頼らずに世界を知覚することは、
今ぼくがそうしているようにディスプレイの前に座り、
つるつるのキーボードに触れれば大半のことができて、
そのニオイも知らずにスウィーツを買ってしまう、
視覚過多な生活の中では、
ソースせんべいの微妙なニオイと食感、何とも言えない音は、
そうとう刺激的になり得ます。
このイベントぜひ体験してみて下さい。
残り20%の感覚を研ぎすまして、数人で増幅させれば
見えない世界が『見えちゃいます』!
途中、縁側に座るところがあって、誰となく「私の右空いてます」
「もう少し詰めましょうか」と空いてる所をぽんぽんたたいて、
譲りあったのが印象的でした。
帰りの電車の中で、もし自分が視覚障害者だったら
空いてる席を探せるだろうかと考えていました。
誰かが「私の右空いてます」と声をかけてくれれば・・・。
もし視覚障害の方が乗ってきたら、自分は話かけてみようと思いながら、
今、目の前に立っている人のために、横の人につめて下さいの
一言がいえない矛盾を思いました。
昨日は、見えているのに見えないぼくがよく見えました。

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