たまに考えてみる 一覧

Thank you for sending mail.

I was encouraged by very good comments.
Because I am too glad, some comments are copied.
—————————————————–
Hello,
First of all, let me say that take-g work is beyond words.. I have been trying to contact him for some time now, so i am glad to reach you. I understand individual sales are not availlable, so, when and where is a gallery show…… I have clamouring children that cant get these toys out of their minds, which is ok with me.
Thanks
Eric
—————————————————–
Hi Sinichi,
Thank you for your prompt reply.
Please tell you brother for me that I am very impressed by his work. I, too,
am an industrial designer who creates toys, but my designs are made by large
companies and for sale in more commercial places, like Toys-R-Us. It is a
business, not so much “art.”
The robots and creatures your brother makes are toy-like, but are true art!
The ideas are wonderful and the sensitive use of various wood tones is very
effective. The fun and playfulness of his designs really shine. Too bad I
will miss seeing his creations while I’m in Japan.
I look forward to seeing more of his work on the web.
Kind Regards,
Bob K
—————————————————–
Hi Takeji,
Thanks for the reply. I had gathered the price was high from your website initially. Or rather, not high, but more expensive than one would normally expect in our day of cheaply produced toys. I have a friend who does this sort of intricate woodworking (albiet, not producing toys like the new set), and he also demands a price that is completely appropriate to his craft.
Good luck in your future ventures, your fine workmanship will certainly take you far. I’ve subscribed to your blog and can’t wait to see the fantastic work to come!
And a big thanks to Shinichi for helping with the translation. 😉
dickie
—————————————————–
Thank you for your response. The price is high and we understand the
exceptional attention to detail of the toys that you are making. It’s very
impressive and we wish you the best of luck with your masterpieces. It looks
amazing on the photos, so I can only imagine how great it looks in real life.
Best regards,
Vitali Servutas
—————————————————–
Hello again,
Sorry, I replied before I had read the updated Blog page. That tells me some more info.
Do you know how big the figures are? I absolutely love this model:
http://take-g.com/crafts/kazuki-tsutom.html
But I’m just curious, how big is it, and how much would it cost? I would love to own it one day 🙂
Thank you, and please pass on my thanks to your brother for making such great work. I wish him the best of luck.
cheers,
-Mike
—————————————————–
hi Shinichi,
first and foremost, thank you for your response to my email enquiries.
I truly respect the artist insistence on quality and taking pride in showing
the work before buying.
I am deeply impressed with such values.
I am currently working and living in Tokyo. I just missed the exhibition
which was held at Matsuya Ginza in May.
Do you have a list of upcoming exhibitions and the locations? I would
definitely love to visit the exhibition if it is in or near the Tokyo area.
Please let me have some information.
Thank you
Joe
—————————————————–
Thank you very much.
Takeji
以上は色々な国からの、とくに励まされたお返事です。
「take-g work is beyond words」(テイクジーの作品は言葉を超えている)
このコメントを見た時、ハッとしました。
言葉も国境も作品達には関係ないんですね。
こんな作品をつくっていなかったら、
人生の中で何の接点も持てなかっただろう人からの言葉に、
とても感動してしまいました。
何とも不思議なことですね。

今日もまだデンマークや中国の会社から引き合いを頂きました。
海外のサイトではtake-gをけっこう大きなメーカーと思っているみたいなんです!
実は六畳二間の古アパートの小さな工房なんですけどね。
ちなみに、住んでるとこもこれと同じです。
このギャップ、なんか笑えます。

コメントをどうぞ

薔薇貫マン、参上!

やすっても、やすっても終わりの見えない作品の山・・・。
まじやばいんじゃないの?
作品の梱包もまだ中途半端だし、
個展どどど、どうするの?
ううう、うえ~んうええ~ん・・・明日が見えないっす。
涙の向こうに霞む未来は真っ暗っす。
たたた助けて、薔薇貫マ~~~~ン!!!!!!!!
・・・来る分けないよな、ぼくのところなんかに。
宿題の算数ドリルもまだやってないし、
おやつのバームクーヘンは兄ちゃんの分まで食べちゃったし、
図書室の本まだかえしてないもんな。
うううえ~ん。
あれ、
どこからともなく薔薇の甘い香りに、泣きはらした目をうっすらと開けてみた。
赤い花びらが舞っている。
「ハーハハハ!ボクを呼んだのはボーイ、キミかな!」
一輪挿しの口を立ち上げるかのような、その優しい指先でボクを指す、キラ~ン!
「もう大丈夫!ボクが来たからには、にっくき悪の組織シメキリーなんかコワくない!」
「男だったら泣くんじゃないぜ!一緒に戦うんだ!」
うん、ぼくは大きくうなずいた。

それから薔薇貫マンは次から次へとあっという間に、怪人コンポウをなぎ倒した。
もちろんぼくだって少しは役立ったよ。
「ボーイ、やるじゃないか!もう大丈夫だな、
ここからはキミひとりの戦いだ、ロンリーファイトだ!」
「いいかい男だったらナンバーワンより、ロンリーワンを目指せ!」
薔薇のかすかな香りとその言葉を残して、気がつくと薔薇貫マンの姿はなかった。
ロンリーワンって?、オ、オンリーだよね・・・?
ふと胸元をみると、オバーオールのポッケットに一輪の赤い薔薇が刺さっていた。
「ロンリーローズ薔薇貫マン」と書かれたメモと共に。
(お~いこんなブログ書いてる場合か!
まぁとにかく薔薇貫兄貴ほんとありがとう、どんなに感謝してもしたりないっす。
一生ついて行くっす、弟子入りするっす。)
※ここだけの話ですが、薔薇貫マンとは薔薇貫兄貴こと陶芸家本間友幸氏のことです。

コメントをどうぞ

piyoさんへ。

piyoさんへ
「命。」のブログにコメントありがとうございます。
「ほんとう」が語られた文章に心が揺すぶられ、ただただ感動しました。
ぼくなりに考えてみたことを長くなるとおもうので、
このブログで返させてもらいたいと思います。
染色体に異常のある確率が50%と告げられた時、
ほとんどの人はどちらを選ぶべきか、
答えが出せないのではないでしょうか。
なぜなら多くの人にとって障害とは特別なことだからです。
ぼく自身が障害をもった子が生まれてきても「大丈夫」だと思えるのは、
母親が養護学校の教員をしているという特殊な環境だからなのだと思います。
ぼくは障害を持った子供達が、
どのような人生を送ることができるのかを具体的に知っていますし、
実際に育てるとしても、母に相談すれば
ほとんど解決してしまうという安心感があります。
一般の人の多くは、突然自分の子供が障害を持って生まれて来ると告げられた時、
障害を持った我が子が幸せな生活を送れるイメージがわきづらいかもしれません。
程度問題ではありますが、養護学校の高等部を卒業し、
イオンやユニクロといった企業に立派に就職していく生徒達もいます。
考えてみれば、養護学校や授産施設の存在、障害者年金等の保護制度のことなど
普通に生活していてもなかなか知る機会はないものです。
それに知っていさえすれば、迷わずに判断が下せる訳でもないと思います。
ぼくの母にしたって、けして若いうちからすべてを受け入れられるような、
強い人間ではありませんでした。
実をいうと、ぼく自身が障害を持って生まれる可能性が高かったために、
家族の中でも「生むか、生まないか」意見が分かれました。
父親と父方の祖母は生むことに反対でした。
大学で障害者教育を専門に勉強した母でも、心は揺れたそうです。
妊娠をしている女性はそのことだけででも不安定な状態にありますし、
その中でどんな判断をするべきか迫られることの大変さは、
想像を絶するのではないでしょうか。
特に当時は障害児教育はまだ本格的には始まっておらず、
障害を持った子の多くは社会から閉ざされた存在でした。
自閉症などについては、
母親の育て方に問題があるなどという偏見が普通だった時代でもありました。
近年では不妊治療や検査等の技術がある以上、
それを選択すること自体に問題はないと思います。
ただそこに必要なことは、そのことが何を意味するのか
夫婦で、そしてまわりの家族で、悩み話し合うことではないでしょうか。
そのことを悩み続けているpiyoさんなら、
もし授かった子に障害があったとしても、幸せな人生が送れるように、
一生懸命に考えてあげられる母親になったと思います。
結果としては、その時に悩み苦しんだことで
子供が無事に生まれてきてくれることのありがたさや、幸せを、
苦しんだ分かみしめられたんじゃないでしょうか。
もし子供に話したい気持ちがあるのなら、
悩んだこと、苦しかったこと、そして生まれてきてくれて幸せに思ったことを
正直に話してあげればいいかもしれません。
ぼく自身は、おろすべきだといった父や祖母を恨んだりしたことはありません。
それだけ難しい判断であることは、きっと理解できるようになると思います。
命の選別をするこは、
夫婦ふたりでは心が押しつぶされてしまいそうになってしまう問題です。
障害をもった子を産むことを決める時には、
夫婦やその家族だけではない、
社会的な共通理解が今以上に必要であると感じています。
そのような状態にほど遠い現状では、
検査やその判断に対する是非は問うべきではないと思います。
もちろんそれは自分自身の判断に対してもです。
piyoさんはその検査を通して、
すくなくとも障害児に対して知りたい気持ち湧いたのではないでしょうか。
きっとそのことがpiyoさんにとって検査を受けたことの意味なのかもしれません。
社会の仕組みを障害を持った人の目線で考えることは、
健常者にとっても重要なことです。
例えば、健常者であってもニートと呼ばれ社会に出て行けない人がいるのは、
効率化された均一な社会が、万人には生きにくいからです。
その一方では、障害を持って生まれてきても
立派に社会人として働いている人もいるのです。
教育や援助の仕方で、多様な人が社会のなかで働くことができる。
これが本来の社会のあるべき姿です。
このことをきっかけにpiyoさんも、障害者とくらす社会について、
一緒に考えていきましょう。
そうそう、もう一歩踏み込んで考えてみると、
ほんとうは障害者とは決して特別な存在ではないと分かります。
下記は前に書いた文章の引用です。
よくよく考えてみると障害者と健常者の
「さかい」というのは曖昧なものだと思うのです。
ぼく自身は本来は「さかい」などないと考えています。
視覚障害は先天的な方より後天的になる方のほうが多く、
身体障害にしても老化による身体の衰えは誰の身にも訪れます。
認知障害(ぼけ)のことを考えれば語弊があるかもしれませんが
全ての人は知的障害になるとも言えると思うのです。
障害とは誰のものでもあり、
健常者とはまだその状態にないだけだと考えられると思います。
というわけで、
さらにぼくの大好きなマンガからの引用です。
「どしてみんな同じに、つくらなかったか?」
「デブッちょ、やせっぽっち、ノッポ、チビ助、こわい人、やさしい人、いろいろ。」
「ちっぱいしてんの。神さま、いっぱい。」
byシロ(松本大洋著 鉄コン筋クリートより)
実はみんな失敗作で傑作なのかもしれません。
おまけにもうひとつ。
「多様性(いろいろ)は、きっと神から人類への贈り物だ。」
by茂木健一郎
これ最近ビビビッときた言葉、
人の存在まで効率化することなかれです。
おっとっと、また大風呂敷になる前にこのあたりにしておきます。
(ブログを読んだ家族に大風呂敷を広げ過ぎじゃない?と指摘されたのでした。)

コメントをどうぞ