工房見学。

先日、武蔵野美術大学の学生が4人で見学に来ました。

作品が世間に知られるようになってから、毎年誰かしら工房に見学に来るようになりました。
京都の学生や秋田の学生、山口の学生、武蔵美の卒業生や、長野の技術専門校の生徒などなど、
作家になりたいと思っている子や、独立して工房を持とうと動いている人など、
けっこう沢山の若者と作家について話してきました。
僕としては驚いているのがその半分ぐらいの人がその後作家になっていることです。
すごく活躍している人、他の仕事もしながらの人、と状況はいろいろだけれど、
個展の案内状なんかが送られてくると、頑張っているんだな〜と、感心しています。

僕自身、学生の時には作家さんの工房を見学させてもらったり、
卒業後には機械屋さんを紹介してもらったりと、何人かの作家さんに世話になりました。
なので死ぬほど忙しい時以外はなるべく見学を受け入れています。
作家になってみたいと思っている人には、具体的な話ができ、
役立つことがあるかもしれませんので、連絡をくれればと思います。

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武蔵美の4人のうち2人は就職が決まったとかで、
しかも木工関連では結構大きな会社なので、よかったね〜!です。
もう2人は作家もいいかなぁと迷っているとかで、僕としては作家を進めちゃいますが、
今年も昨年に続き就職は売り手市場だというし、
行ける時は行っとくかというのもあるかな〜、迷うとこだなぁ。

写真はうちの三女がおねいさん達に工房を解説しているところです。
武蔵美では講義でも作家になる話はしているので、
見学の半分くらいは娘と遊んでもらった感じでした。
娘は最近遊びに行った「ちびっこ忍者村知ってる?こんど一緒に行く?」と
しきりに誘っていました。
おねいさん達が帰ると「わたしも大きくなったら指に色がつく?」
というので何のことかと思うと?
おねいさん達のマニキュアを見てたんですね、僕はどの子がしてたのかも記憶にないので、
よく見てるもんだなぁ、三女も女の子だなぁと感心しました。

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『薪技芸』展。

ブログご無沙汰しております。
7月21日から8月1日の日程で開催される『薪技芸』展に参加します。
『薪技芸』は昨年中国で開催された若手工芸家の展覧会です。
日本、中国、韓国など東アジアを中心とした世界中の若々しい作品が集まります。

h28_新技芸_A4_表

第二回は日本の東京芸大の美術館陳列館で開催されます。
僕は武蔵美の課題の見本に製作した「朝ぼらけ」を出品しました。

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学校から借りてきて、工房で小傷を取り再塗装しました。
ちょっとツヤが出すぎた感じですが、これはこれで綺麗です。
夏休みの初め、上野にお出かけの予定のある方がありましたら、覗いてみてください。

h28_新技芸_A4_裏

さてさて、最近の僕はといいますと、
来年の飯山市美術館での展覧会のために、メインになる新作を鋭意製作中です。
1年後とはいえ、なんかソワソワしてすでに追われているような気分。
4月からは母校の武蔵野美術大学で非常勤講師となり、
作家の呼称として「先生」と呼ばれていたのが、ほんとうに「先生」になってしまいました。
とはいえ、月に2回程度の出講なので、作家中心の生活は変わりません。
特別講義で行っていた時とそんなに変わりませんので、
「中川、作家やめるってよ」なんてことはありえませんので、ご心配なく。
製作中に次の講義ではこんな話をしようかなと考えておいて、
前日にちゃっちゃとスライドを作って東京長野を日帰りでやってます。
高速道路で往復も慣れてしまえば、それほど負担ではないし、
講義のスライドがいくつかできると、他の学年の講義にも使えそうとか、
要領がつかめてきた感じです。

大学に戻って分かってきたことは、後輩たちの進路はほとんどが就職だということ。
意外なほどに作家を目指す子が少ないんですね。
僕としては、一人でも多くの生徒が作家に興味を持ってもらい、
作家という進路や、就職後にやっぱ作家になってみるかと思い立った時に、
役立つような講義ができればと思っています。

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そういえば僕が学んだ工芸工業デザイン学科は、今年から新しい校舎になり、
工房も機械室も一新されて、学びの環境が充実しました。
それに合わせて木工工房には新しい講師が4人加わり、講師陣も充実。
4人の中には僕と同期だった内藤くん、僕の時の助手だった藤井さんがいます。
内藤くんは学生の時から頭一つ抜けて才能があり、僕は随分影響を受けました。
彼と一緒に講師をすることになるなんて驚きなんですが、
さらには助手だった藤井さんと一緒というのもビビってしまいます。

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僕は学校を出てすぐに作家を始めたので、
よく作家の経歴にある誰かの工房で働いた「〇〇に師事」みたいなのがないんです。
なので「師匠」と呼べる人としては、武蔵美の十時教授、当時講師にいた先生方となります。
美術系の大学では先生より付き合いが長く、直接に技術を学ぶ人として、助手さんがいて、
藤井さんは作品も技術も圧倒的で、
ちょっと怖かったこともあって「師匠」感がすごかった人です。
一人で作家活動を始めてからも藤井さんが言ってたことを思い出すという場面が幾度もあり、
まぁ、こういう人を「師匠」と呼ぶんだろうねとは思います。

藤井さんは大きな木の固まりをチェーンソーやグラインダーで削り出し、
ノミで仕上げるという独自のスタイルを持っていて、
当時はそれを真似て削り出しの作品を作る生徒が沢山いました。
僕もその一人で、寄木した木の固まりをグラインダーで削るという技法は、
藤井さんが武蔵美の木工工房にいなければ生まれていなかったかもしれません。

学生の時はその環境(人)が有り難いということに気がつかないもので、
当然の技術として真似してるわけですが、
あんなにたくさんの削り出しの作品が作られていた学校や工房は
世界を探しても他になかったと思います。
最近の学生の作品に削り出しの作品が少なくなってきているのは、
藤井さんが学校を離れ、先輩たちが作っていないから後輩も作らなくなっていくんだろうなと。
何も削り出しをしなければならないということを書きたいのではなくて、
技術の伝承や新しい作品を生む土壌というのは、
「人」の集合としての学びの環境なんだということです。

新しい技術で新しい作品を作る人が集まる場では、その「新しさ」は「普通」のことになります。
僕の作品に対して、
よくこんな大きなものが削り出せると驚かれる方がいて、それは木工家の方からも言われます。
でも僕からすると、
僕の作品なんかよりずっと大きな作品を、天賦の造形力でカタチにしちゃう人が、
武蔵美の木工にはいて、それを「普通」のことと思っていたわけです。
まぁ、見よう見まねで作れちゃう武蔵美の生徒もなかなかのものなんでしょうけど、
僕にとっての「師匠」てその環境のことなんだろうと思います。

卒業生としては、
「やっぱ武蔵美の木工てすごいね!」と何処かでいわれると嬉しいと思うのです。
「新しい」ことが「普通」になる環境の一部になれるように頑張りたいです。

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福助、ロボになる。

どうも、お久しぶりの福助やで。
中川があんまりブログ書かんもんやから、わしがまた登場や、お待ちどさん。

おい、中川!、囲碁AI「AlphaGo」がイ・セドル九段に見事勝利したな〜。
わししびれたわ、こら新時代の幕開けやで、
あらゆるところで人工知能やロボが人類を凌駕するかもしれんで。
そういう時代なんや、わしも広義な意味においてはロボなわけやん、
ゆらゆらとお辞儀を繰り返すわけやし。
しかしや、「起き上がり子法師」方式ではいずれ限界がくるで、
時代の波に押し流されてしまう思うねん。

わし、進化したいねん、本気のロボになりたいねん!

ず〜と、ず〜と、お辞儀を繰り返す福助ロボに、作り替えてくれや、作り替えてくれ!
わしは時代に負けたないねん!

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とまぁ、福助が騒いでいますが、ちょっと難しいですよね、福助は木の置物なわけですから。
でも、展覧会などで展示している福助が突如動き出したら、
楽しいだろうな〜とは前々から考えていて、
誰かに装置の制作をお願いできないかななんて思っていたりしました。

福助、ロボになる、という今回の話は一本の電話から、始まりました。
プルルルル、プルルルル、「はい、中川です。」
「あ、中川さん。竹風堂の竹村です。」
「あ〜ぁ、お久しぶりです。個展の時はありがとうございました。」
「あの寄木の福助さんですがね、押してやるとお辞儀をしますね、
あれをずっとお辞儀を繰り返すようにできませんかね?」
「なるほど・・・。」
「何か背中から押してやるカラクリを作れませんか?」
「う〜〜んと、背中からだとカラクリが見えてしまうので、
下から押し上げるような感じが、パッと浮かびました。」
「そうですね、台のようなものがよいかもしれませんね。」
「わかりました。考えてみますので、しばらく時間をください。」

とまぁ、引き受けたのはいいのですが、本当にそんなことが可能でしょうか?
まず一人では無理かもと思い、大学の後輩のカラクリが得意な藤本くんに連絡。
略図を書いてメールすると、モーターのことなど親切に教えてくれました。
でも藤本くんの教えてくれたモーターでは力が弱く、福助が持ち上がりそうにありません。
これは一から勉強するしかないと覚悟を決めます。

疑問や知らないことがある時、助けてくれる凄い場所があるんですけど、みなさんご存知ですか?
え、ご存知ない。
図書館ですよ。
図書館て、やっぱ凄いですね〜、人類の英知の集積です。
「動力」「歯車」「モーター」どんなワードにも、ずらり専門書が用意されています。
しかも「歯車」だけで何冊も。
歯車なんて作ったことなかったんですけど、仕組みがわかるとはまりますね、面白いです。

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特大福助の揺れている時間が1分から最長で1分半です。
ですから、福助を押し上げる装置が1分半ぐらいのインターバルで、上下すればよいわけです。

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ただ、福助を押し上げる棒は、福助を押し上げた後、すぐに下がらないと、
揺れ戻ってくる福助にぶつかってしまいます。
さて、どんな装置が考えられるでしょうか?

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市販のモーターで最も遅い速度のもので、一分間に4回転するものがあるとわかりましたので、
歯車を組み合わせて、さらに5ぶんの1から6ぶんの1くらいに減速してやります。
市販のモーターもギアヘッドと呼ばれる場所を開けてみると、
何個も歯車が組み合わされて、減速されていることがわかります。

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図面通り作れていれば、ちゃんと動くはずですが・・・。
歯車がウォールナット、ホワイトアッシュの寄木になっています。
これは意匠としての意味合いよりも、
木の繊維方向を交差させて張り合わせることで、歯車の歯が折れないようにするためです。

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塗装して、台の下に収めます。

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電源は12Vのアダプターにしました。
スイッチはないので、抜き差しして、オン・オフ、です。

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タァ〜、緊張するわ〜!再びの福助やで。
わしついにロボになるんやなぁ、しかし転げ落ちんやろか、緊張や。

カタ〜〜〜ン!って、鹿おどしか〜〜〜い!
なんか確かにロボなんやけど、ロボなんやけど、なんかレトロやねん。
アダプターが付いてなかったら、「江戸時代後期の作だと思われます」って、
虫眼鏡持ったヒゲのおっちゃんに言われたら「そんなものかなぁ」って納得してしまいそうや。
時代は囲碁AI「AlphaGo」やで、なんか時代の波に押し流されて、
沖ははるか、無人島まで押し流された感あるで。
やめぇ、わしが巨人なんやない、お前らが小人なんや!って、誰がガリバー旅行記やねん。

福助はそう言っていますが、動くものを作ったのが初めてだったので、
作者はけっこう感動しました。

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さて、やってきました隣町の小布施にあります「竹風堂本店」。
作者が満足しているからって、会長が満足してくれるかはわかりません。
台の上の福助なみに緊張します。

奥にある本社で会長やスタッフさんにお披露目、
カタ〜〜〜ン!と威勢よく、お辞儀を決める福助。
一同、笑い。
さすが福助、決める時は決めるやつです、完璧です。

メンテナンスの必要性や、何日も動かした時の耐久性など、今後のことを話しながら、
少し気になっていたモーターの「ジーーーーーィ」という音について、
店頭に置いた場合気になるかもしれませんと話ていたら、
「大丈夫、ショウケースの中に飾るから」とのこと。

ショウケースってどこだろう?と思っていたら、まさかのここでした!

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どこって?、ここです。
まさかの店頭も店頭、まさに店頭です。

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おい、中川・・・。めっちゃ緊張やで、さすがに緊張やで。
背中に民芸の芹沢銈介の「風」に「福」の字や、
会長さん、わしのためにめっちゃ舞台整えてくれてるやん。
こりゃもう、竹風堂に、ど〜〜〜んと福の風を起こさにゃあかんで。
わしのお辞儀とこのおでこで、福の風を舞い上げるで!

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確かに、作者としても緊張します。
ここ長野県小布施町は、北斎、栗菓子、酒蔵などなど、
近年ますます人気の観光スポットになっています。
週末この竹風堂の前の道などは観光客で驚くほど賑わっています。
一人でも多くの人が足を止め、ちょっとでも笑顔になってくれればと、
福助には休まずお辞儀を続けるよう、強く言って聞かせます。

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店長さんと一緒に、セッティング。
電源までの延長コードがないので、後ほど用意するということとなり、
何かあったらすぐ電話をくださいということで、とりあえずの納品完了にホッとしました。

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と、このブログを途中まで書いていた、納品の次の日の朝・・・。
(その時は囲碁AI「AlphaGo」が人類に勝った日で上のネタがタイムリーだったですが。)
プルルルル、プルルルル、「竹風堂の竹村です。どうも福助さんが転んでしまうようで。」

まさかの、福助、店頭で転倒です。

工房ではモーターと歯車の連続運転テストは12時間以上試したのですが、
福助のお辞儀は2時間動かして大丈夫だろうと判断していました。
甘かったと反省し、すぐ小布施へ。

会長と話し合い、あれこれ考えた結果、
安全性を考えて、台に溝を掘る方向で行こうということに。
テストをした福助は工房にあるものを使ったのもよくなかったと思い、
福助ごと家に持ち帰ります。

福助を3体用意してテストを繰り返すと、それぞれに違う癖があることがわかりました。
ほとんど動かない福助もあれば、右方向にまわっていく福助、後ろに下がってくる福助。

竹風堂の福助は右に回りつつ、後ろに僅かづつ下がってしまいます。
回るのは止められるのですが、下がるのについては調整が難しい。
台を少しづつ前方に傾けていくと、
前に滑るのと後ろに下がる力の釣りあう角度を発見できました。
しかし台が完成しているので、
ただ台を傾けるのでは芸がありませんし、見た目にも難があります。

う〜〜〜ん、あっそうか!溝を斜めに掘ればいいんじゃない!
シナプスとシナプスがつながって頭の中で電球が輝く!
古いひらめきイメージの僕の脳みそですが、
まだまだAIには負けていられません。

思いついてしまえば簡単です。
型を作って、ルーターで削っていきます。

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ピタッと欲しい角度が出ました。
夜中の12時間テストを、塗装前、塗装後の2回クリアして、改めて納品です。

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店頭で1時間ちゃんと動くのを確認させてもらって、
福助の位置をチェックするため目印のシールを貼ったので、
一週間後順調にお辞儀をしていたか確認して、
シールを剥がして晴れて納品とさせてもらうこととしました。
動く作品がはじめてで、問題を出してしまいましたが、
竹風堂が工房の近くのお店であったことは幸運でした。
台を納品した日も、調整して持って行った日も、
僕の出した答えに、竹村会長が目を細めて喜んでくれたことが嬉しかったです。
この楽しさが見てくれた人にも伝わったらいいなと思います。

ちなみに、僕の作品に詳しい人は気になると思うのが直射日光による日焼けです。
竹風堂のこの場所は、北向きな上、西日も当たらないという、願っても無いよい場所です。
小布施に観光の際には、ぜひとも福助がサボっていないか、会いに行ってやってください。
(季節ごとにこの場所の飾りつけは変わってしまうそうで、
本店のどこかにはいるかもしれませんので探してみてください。)

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