お宮参り。

今日は家の側の神社で、下の子のお宮参りをしてくれるというので行ってきました。
神主さんが来てちょんちょんってお払いするくらいかな~と思っていたのですが、
意外なほどに盛大にお祝いをしてもらって驚きました。
それもそのはず、今日の行事は先日のブログで書いた秋祭りの
最後の行事(祭りは続いていたらしい)に
地区の子どものお宮参りを合わせて行なっているみたいなのです。

子どもの頃からこの吉田区に住んでいる人ならあたりまえのことなんでしょうね。
父の代でこの土地を離れて、僕は大人になってから戻って来たので、
地域のことについて知らないことが沢山あるようです。
去年から吉田の協議委員に呼ばれるようになって、
自分の住む場所がどうやって運営されているのかを少しずつ知りました。
神社と隣接する公民館で協議会などの「政」が行われ、
神社では当然「教」が営まれているのですが、
パッと見「政教分離」というのがゆる~としている感じがします。
というか、神社などを中心に行われていたことを、
後から来た公民館に腑分けしたために、
西欧型の民主主義には割り切れないゆるりとしたものが残っていると思うのです。
民主主義と一緒に西欧文明を摂取しきってしまった都会とは別に、
田舎では未だに日本型の習俗が色濃く残っていて、
日本独自の民主主義がゆるりとでき上がっているのかなと思いました。
新聞やテレビで見る国会議事堂に象徴されるの西欧の仲間入り政治とは似ても似つかない政治が、
その下部構造として日本全国津々浦々には広がっていのかなと想像してみると、
なんとなく楽しいです。
都会にお住みのリベラルな方や、右や左に翼をお持ちの方などが見たら、
信教の自由やら国旗掲揚の是非だとか色々ありそうな訳だけれども、
ここではきっとそういうものはさして重要じゃないのかも。
家の側の神社で親戚や近所のおじちゃん達の雅楽や祈りとともに、娘も氏子に加えてもらう。
出生届を提出するという事務的な手続きとは別に、
自分の住む地域の共同体の中に受け入れてもらえる手続きがあり、
100年も遡ればそのことの方が重要であり、当然だったのだろうなぁとか、
雅楽の音色にぼんやりと考えていました。
リベラリズム(自由主義)とかコミュニタリアニズム(共同体主義)とか、
とかく~主義とか、その差異で考え過ぎてしまうのって、
ふわふわと都会で暮らす人や暮らしてた僕とかなのだろうなと、
ゆるっと思ったりした秋祭りでした。
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